ものを考えよう
ガソリンが170円になった。たまたま、この値上げを伝えるテレビニュースを見た。新しい値段を書いた看板が映り、スタンドのオヤジにインタビューする。経営努力にも限りがあると切々と訴える。次に登場するのはドライバー。高い、家計に響く、と窮状を訴える。最後にちょっとエラそうな顔したヤツが、政府が悪い、と締めくくった。
タクシーというものは高いカネを払って乗るものだと思っていたが、乗ると缶ビールだの金券だのをくれるクルマがあるとは、いい齢して知らなかった。こういうクルマは屋上の提灯の色を赤にして、一見して判るようにしておいてほしい。これからは選んで乗るから。
これを伝えるテレビは、深夜に客待ちするタクシーの映像に始まり、音声を変えた運転手の証言、役人の弁明、町の怒りの声と続いた、だろう。
だろう、というのは、テレビのニュースを見たわけではないからだ。見なくたって、だいたい、想像がつく。
ガソリン値上げのニュースなんて、値段の数字さえ出さなければ、オイルショックの時の映像の使い回しだってできるだろう。画面なんて、いつも同じ。人の言うことも、いつも同じ。どうしてそうなるかと言えば、ボーっと見ている人のご機嫌を損ねないように、テレビ屋さんが編集するからだ。
みんな、もっと、ものを考えよう。
170円になったのは「政府」のせいか？
たしかに、値段が一回下がってまた上がる大茶番はあったが、政府の怠慢はあったにせよ、あの事態をもたらしたのは「立法府」だ。
さらに、そんなことだって瑣末なこと。世の中の油がなくなった訳じゃないのに、どうしてこんなことになる？ その「なぜ」を、みんな、なかなか考えない。
こんなに暴騰するのは行き場のないカネが投機資金として入り込んだからだ。経済活動という美名のもとに繰り広げられるマネーゲーム。油どころか為替も動かし、会社を乗っ取り、果ては人間さまの餌まで高騰させ、結果として人の生き死にすら支配するマネーゲーム。
経済とは、明治初期の造語である。経国済民の略、国事を切り盛りし民を救う。これが本質である。マネーゲームなんか経済であってたまるものか。おまけに、自由主義の名のもとに、都合悪くなるとルールを変えて自分だけ損しないようなことを平気でやるズルさ。これが「グローバルスタンダード」なら、良心ある私たちは再び鎖国をしよう！
さて、居酒屋タクシー。
「役人が特権で甘い汁」という絵柄は受ける。受けを狙うから、紋切り型の報道になる。そんなものを見て頷くより、少しは頭を使ってものを考えよう。
なぜ深夜に帰宅するのか。いくら何でも、終電が出るまでボーっと時間をすごし、嬉々としてタクシーを呼んだ訳じゃあるまい。犯罪者リストのような「金品提供一覧」が新聞にあった。受けた側を見ると、局長級なんかいない。課長補佐とか係長とかばっかり。ならば、仕事は相当多いだろうな。
運転手も、ワンメーターの客にビールを出すわけがない。缶ビールのひとつやふたつ、値段にしてせいぜい５００円くらいのリベートを出しても十分もとがとれる距離。その距離を、翌朝、係長氏は満員電車に乗って役所に向かうのである。出世競争の激しい中央官庁のキャリアのこと、前夜遅く帰ったからといって翌日午後出ることが許されるか。
お役人がタクシー券を自粛するそうだ。これだから嫌なのだ。
こうなると、過当競争のもとで深夜に低賃金で働いている運転手に対するいじめではないか。
道路財源をタクシー代に使うのはけしからん。しかし、激務の後、係長がタクシーで帰ることのどこが悪い？
みんな、ものを考えよう。
みんなが考えるようになれば、テレビのニュースだって、もっとましになる。
立ち小便すべからず、という看板を見たら、ここで立ち小便をするヤツがいるんだろうなと思う。文面から、この塀は週に何度くらい被害にあっているのか推し量る。さらに、その看板が自筆なら、字の踊り具合を見て怒りの程度を思う。さらには向こうの電信柱とこの塀を見比べて、立ち小便したらどっちが気持ちいいか想像してみる。
考えると、おおかたのことは、楽しくなる。
（2008/6/15）
涙
子どもの通っている幼稚園の卒業式に出た。
長男が三年保育、次男と三男は二年保育、同時に通った時期はないから、都合七年お世話になった。
やはり、感慨はある。
名前を呼ばれて「ハイッ」と返事をするわが子の姿に、ホロっとなった。
涙はよく出る方だ。
ドライアイとやらの心配はなさそうだ。
昔は人前で涙なんか見せるのはこっぱずかしいと思うから我慢もしたが、まあ、もう年もとってきたし、商売も商売だから、最近は無理して我慢しなくてもいいやと思っていた。
涙が出てくると、そのままにしておくこともあるし、そっと、目の縁をおさえたりする。
さて、その、おさえる場所である。
人によっておさえる場所が微妙にちがうということに、気がついた。
私の場合、左目なら左の端、右目なら右の端をぬぐう。
みんなそうだと思っていたが、そうではない。
よく見ると、左目の右の端、つまり鼻に近いところにハンカチをあてている人もいる。
そういう人が右目をぬぐう時は、右目の左の端、やはり鼻に近い方だ。
右へならえ、みたいに、左目の右端と右目の右端をぬぐう人はいない。
そう、目のかたちで、ぬぐう場所はちがうのだ。
あらためて認識する。私は、ひどい「タレ目」なのだ。
たまった涙は真ん中からあふれてはこない。高きところより低きところへ水が流れるはものの道理。仰向けに寝ている場合以外は、私の場合、左目の涙は左の端をめざし、右目の涙は右の端をめざして流れる。行き着くところまで行って、そこから溢れる。
よく見れば、顔の真ん中、鼻のそばにハンカチをあてる人は、「ツリ目」だ。
しきりにまぶたをおさえるような人は、平らな目で、右にも左にも流れずに真ん中に溜まった涙を拭き取っているのだろう。
涙を流す私の姿をあらためて想像するに、あまり、カッコよくない。
どうも、締まりがない。
漫画などで、感動的な場面で、水もしたたるいい女（が極端なタレ目であるわけはないのだが）の目に光る一粒の涙は、クリっとした目の真ん中だ。
それにひきかえ、私がホロっとしている図など、どう見ても昼寝に飽きたカバが涎をたらしているようで、情けない。
出てくる涙はどうしようもない。しかし、真っ暗な映画館とか音楽会場の客席ならともかく、人に見られる場所では、やはり痩せ我慢して、見てしまった人に厳粛な場所で笑いを提供したりすることがないよう、心がけなければならないと思った。
（2008/4/1）
雪の降る日に湯に行くと
相変わらずヒマを見つけては、湯に行っている。
長居はしない。以前は楽しみだったマッサージだの湯上りのビールだのも、やらない。サッと入ってサッと帰る。初心者はあっちの浴槽こっちの浴槽と意地汚く順番に全部入っているが、そういうみっともないことも、しない。
江戸っ子はそういうもんだとか、分をわきまえているとか称しているが、なに、余計なカネを使うのがもったいないだけだ。そもそも、一日のんびりするようなタイプのお高いところへは、行かない。
それにしても、世の中の「湯ブーム」、一向に下火になる気配はないようだ。スーパー銭湯だの日帰り温泉だのといわれる施設は、どこへ行っても、どんな時間帯でも、そこそこ、人が入っている。岩盤浴が非衛生だと騒いだことも、どこぞで充満したガスが爆発したことも、身体をのばしてのんびりしてしまえば、みんな、忘れてしまうのだろう。
ひねくれ者としては、みんなが賑やかに、かつほのぼのと楽しんでいるような図は、あまり好きではない。だから、せめて人の少ない時間に入りたいと思う。平日の午前中だの、日曜の深夜だの、いろいろ行ってみるが、まあ、ダメだ。つくづく恐れ入るが、どんな時間帯にも人はいるものだ。それも、いろんな世代が。
さて、先日、雪が降った。私の住む関東平野、埼玉県でも、積もった。私の手帳は、予定、何もなし。
これは湯に繰り出す一手ではないか。
だが、思い出した。荒天を狙って行って、失敗したことを。
去年だったか、台風が最接近した時に、行ったことがある。
期待はものの見事に打ち破られた。ほぼ、平常通りか、いつもより混んでいるくらい。食堂では、湯上りの客がいつもと変わらず飲んだり食ったりしている。
強風でたまに手桶が飛んでくる露天風呂につかりながら、自分のことを棚に上げてうめいた。甘かった！ 考えてみれば、台風で早く家に帰ればすることがない連中は、湯にでも行くしかないじゃないか！ こいつらが危険など考えるはずがないじゃないか！
しかし、とまた考える。
雪だぞ。
寒いぞ。
クルマは大変だぞ。
とりあえず、行ってみよう。
恐る恐るかみさんに提案してみると、あにはからんや大賛成である。雪が積もってたら気持ちいいかも知れない、だって。
かくして我が家は子どもまで連れて、雪の降る中、湯に出かけたのであった。
結果は大満足。
日曜の午前中だからだね、などと喜びあったが、まあ、我ながら脳天気なものである。
さて、駄文におつきあいいただいた皆様に問題。
雪の中、露天風呂に入ると、その風情たるやどんなものでしょうか。
（１）降りしきる雪は黒い髪に積もって、まことに風情がある。
（２）湯は熱い。降ってくる雪はその温度で雨になってしまい、入浴どころではない。
（３）風情だの何だのと期待しても、露天風呂の周りは外気の冷たさでもうもうたるモヤが立ちこめ、何が何だかわけがわからない。
（答えは、湯三昧「越谷 ゆの華」の中にあります。）
2008/2/15
私はビールを飲まない
私を知る方が、このタイトルを見たら驚かれるだろう。
これは、新幹線の中に限っての話である。
この頃、新幹線の中で、ビールを飲まなくなった。
かつて、往路はともかく、復路は、缶ビールは必需品だった。
だいたい、乗る前に３本買う。私の適量は２本だから、１本多い。しかしこの１本は必ず持っていなければならない。
万一２本飲んで、まだ飲みたかったらどうする？ 都合よく車内販売が通る確率は低い。それに、万一電車が途中で止まるようなアクシデントに巻き込まれたらどうする？
ずいぶん前の話だが、冬の関が原の雪で、京都あたりで足止めをくらったことがある。このとき、隣席のおじさんにビールをめぐんでいただいた。この親切なおじさんは、自分もずっとビールを飲んでいたが、私が２本目をカラにし、手持ちが無くなったのを見て、自分のキヨスクの袋から１本下さったのだ（ちょっとのぞいたら、袋の中には缶ビールがゴロゴロしてた）。
この時のおじさんの得意気な表情は忘れられない。関西弁で、「こういうことを見越して私は何本も買ってきた。何事も用心が肝心だ」というようなことを一気にまくし立てて、ニコニコしながらめぐんでくれた。今考えると、いくら用心とは言え、あれじゃ重くてかなわんだろうと思うが、その時はホロ酔いも手伝って大いに感動し、意気投合した。以後、私はこのおじさんの人生訓を実践したのである。
しかし、最近は、飲まない。
ひとつは、単に、億劫だから。
いずれ降りる駅に着く。そこはまだ家ではない。荷物も持っているわけだから、着いたとき、飲んでいるのと飲んでいないのとどっちらラクか。それを考えると、もうダメだ。
それに、車内販売にせよ売店にせよ、缶ビールしかない。その上、それを直に手渡すのが、どうも、気に入らなくなってきた。
缶ビールは缶の味がするなどと、もっともらしいことを言う気はない。うちで飲むもの缶ビールだ。しかし、うちでは、ジョッキに注いで飲む。当然、いい具合に泡も立つ。だからうまいのだ。せめてコップくらいつけて出せ。
コップを出すとこぼす、よって、車内が汚れるというわけだろうか。そんなの、理由になるか。缶だってひっくり返すヤツはいるぞ。私は、足元に置いた紙袋が気がつかないうちにビシャビシャになっていて往生したことがあるぞ。コップが置けるようにテーブルなり肘掛なりを改良すればいいじゃないか。新幹線よりはるかに揺れる飛行機だって、飲み物はコップで出すぞ。
そもそも、きたならしいじゃないか。何人の手垢を舐めることになるのだ？ 車内が汚れる心配をするくらいなら、食中毒の心配をせよ。泡も味わえないビールを缶に直に口をつけて飲む、これは紳士のすることじゃない。
それにしても、どうして生ビールを売らないのだろう？ 以前、中央線の特急で生ビールを車内販売で売っていたという確かな記憶があるが、さて、今でもあるのかどうか。
車内販売で生ビールを売りに来たらどうするかって？ 飲みますよ、もちろん。特大のキャリーケースとガーメントバッグとパソコンを持ってたって、買うね。億劫じゃないのかって？ とんでもない、好物をいただければ元気百倍、降りてからもエスカレーターじゃなくて階段をのぼっちゃうだろう！
（2008/1/15)
ざりがに
わが家に、ここ数ヶ月、ザリガニがいる。タケオくんという。
 次男が小学校の自然観察で釣ってきた。どうして名前がタケオくんなのか聞いても要領を得ない。小学校2年生で猛という字を知ってるとは、さすがわが息子と親バカで買い被ってみたが、子どもの答えは「そんな字、知らない」 きっとクラスのやんちゃ坊主かなんかの名前なのだろう。
見るからに丈夫そうだ。いじろうとして手やら棒やら近づけると、上体を反らしハサミを振り上げて威嚇する。癪に障ることに、万物の霊長たる人間さまも、このポーズをとられると一瞬怯んでしまう。よく考えれば、たとえ鋏まれたところで大したことはないだろうが。
贅沢にも、ポンプを付けた水槽に、砂利と、隠れ家の小さい植木鉢を入れて飼っている。ザリガニはああ見えても臆病なので、必ず隠れ家が必要なのだそうだ。エサはどうするのかと思ったら、今は、ちゃんと売ってる。箱に、ニコニコしたザリガニがハサミを使って旨そうに食ってる絵が描いてある、「ザリガニのえさ」。実物は、どう贔屓目に見ても可愛いという言葉とは無縁だし、利口そうにも見えないが。
 しかし、どうして、あんなものを飼わなくちゃいけないんだろう！どう見ても癒し系ではないぞ。粗暴で不細工かつ臆病、人間界にもよくあるタイプだから、みんな、上司の名前でもつけて毎朝エサでもやるんだろうか。ザリガニが来る前は、水槽には金魚とメダカしかいなかったから、出がけにちょっと目をやってゆらゆら泳ぐ姿を見て和やかな気持ちでうちを出たが、今は、こっちを睨んでいるザリガニを睨み返してから出るようになった。それが日常生活にどう影響しているかは知らない。
もっとも、ユーモラスでないこともない。エサが降ってくると不器用にハサミで掻き集めて小さい口でむしゃむしゃ食う。目の前に棒を下ろせば即座に戦いのポーズをとる。ついこの前は、植木鉢の上で、立ち上がるような妙な恰好をしてた。ちょっと、さびしそうだった。今や山椒魚の境遇となってしまったタケオくんがメスを求めているように見えた。
それにしてもザリガニは力が強い。この前、深さ30センチはある水槽から、見事に脱走した。ポンプのチューブを伝い、上蓋を持ち上げて。さらに驚いたことには、水槽は1メートルくらいの下駄箱の上にあるから、床までは転落以外移動の方法はないだろうに、発見されたのは台所だった。わが家では過去にカブトムシが脱走して部屋を飛んでいたという事件があったが、それ以来の椿事である。盗っ人は、わが家にはいろんなものが徘徊しているから、用心されたし。
保護されたタケオくんは、今日も水槽から睨んでいる。
（2007/12/1）
老人だ！
馬齢を重ねて、ついに50になった。信長が愛好したという「敦盛」を引き合いに出すまでもなく、人生、確実に半分は終わっている。
お兄さんなどと呼んでくれるのは夜の街の客引くらい。学生と歳の話になると、今までは「十の位の四捨五入」を推奨して、見ろ、お前たちと一緒だぞと嘯いていたが、もうこの手は使えない。うっかり使おうものなら、死人の仲間入りである。
とうとう老人だ！
論語の「三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る… 」は、つくづく立派だと思う。私なんかとてもとても。未だに迷い悩み右顧左眄、先生先生とおだてられても、「先ず、生きてる」のが精一杯という体たらくである。
子供もまだ小さいから、そう簡単にくたばる訳にもいかない。まだ暫くは、迷惑と言われようが何と言われようが、あくせくと生きなければならない。
しかし、老人とはなんだろう？
「老」という字には敬意を表すべき意味を感じるが、甘えてはいけない。老すなわち衰である。衰すなわち滓であろう。老が尊敬され敬われるためには、それなりの理由が必要だろう。誰が滓をだいじになんかするものか。今、あるいはこれから、どんどん老人だらけになっていく世の中では、老人も、威張りくさってばかりいないで社会の一員として義務と責任を果たさなければダメだ。今の世の中、そうそう敬意を払うべき老人がいるとも思えない。
みんなが長生きするようになってどうなったか。見よ、世の老害の数々を。政界、実業界、スポーツ界、枚挙に暇がないではないか。こうも上が詰まっていたら、若い人に「頑張れば報われるよ」と諭しても虚しい。年金、社会保障、介護、問題は山積だ。人口ピラミッドは誰が見ても歪になっているのに、みんな本気で考えない。これからは嫌な世の中になるぞ。どんどん増えるぞ迷惑老人。
最近、新聞雑誌でも、不良老人が取り上げられるようになった。記事というのは、普通は珍しい故に記事になるものだが、このテの話題は、書きにくいことではあるが、とうとう書かざるを得なくなって、見過ごすことができなくなって、書かれたものだろう。
50歳になったら、10年毎に老人は資格試験を受けるようにしよう。受からなかったらどこかの島に送ってしまう。そのくらいしないと、いまに大変なことになるぞ。
だいたい、街が老人だらけになってみろ。汚らしくてしょうがない。幼子の神々しさ、若者のみずみずしい美しさこそ、地球にふさわしい。残念だが、私はもう戻れない。
私だって、許されるなら、このまま社会の一員でいたいけれども、国家をあげて算盤勘定に走っている今のこの国では、いずれ切り捨てられる弱者組であることは、まず間違いないだろう。
いや、その前に、社会の中の老人たる資格試験に、受かることができるだろうか。
（2007/10/15） |
